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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1947号 判決 1956年9月26日

控訴人 川瀬留吉

被控訴人 合同証券株式会社

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出援用認否は後記のとおり附加するほか、原判決の事実らんに記載されたところと同一(但し原判決二枚目表二行目に「新株弐千株」とあるのを「新株式千株」と、同第三行目「同株式四千株」とあるのを「同月十日同株式四千株」と訂正する)であるから、ここにこれを引用する。

(被控訴代理人の主張)

一、(一)本件取引は控訴人が「三村芳夫」という名義で自ら被控訴人としたものであることは従来主張のとおりである。

(二) 仮りに控訴人自らが直接関与したものでないとすれば、控訴人は訴外三村芳夫に対し控訴人を代理して三村名義を用いて被控訴人と本件を含めて株式等の取引をする一切の権限を与え、三村は右権限にもとずいて控訴人のため被控訴人と本件取引をしたものである。商行為の代理はもとより代理人が本人の名を表示することは必要でない。

(三) 仮りに控訴人が右三村に対し少くとも本件株式取引の代理権は与えたことがないとしても、従来控訴人は右三村に対し控訴人を代理して三村名義で被控訴人と株式取引をする権限を与えて取引をなさしめた、すなわち昭和二十七年十月ごろから十一月ごろにかけて日機貿、東化工、カーバイト、野崎産業、丸善デパート、森永、日新火災等の株式合計五万株余を三村名義で取引しその都度決済せられている。これは控訴人が三村に代理権を与えたことをあらわすものであるか、あるいは三村が従来与えられたこの代理権の範囲を超えて本件取引をしたものかのいずれかである。被控訴人は右三村のする取引は同人が控訴人のために自己の名義を表示してするものと信じた。当時控訴人は一度も被控訴人の店に出入せず、また東京の証券業協会所属の証券業者は特別の事情のない限りその所属外務員自身の株式売買の注文は受理しないのであるから、被控訴人が右三村のする取引を同人がその権限にもとずいて控訴人のためにするものであると信じたのはかく信ずるにつき正当な事由がある。

(四) 仮りにそうでないとしても外務員又は外務員見習として被控訴人からたんに手数料の歩合を受けていたに過ぎないものを通じて前記のような状況のもとでなされた株式売買取引においては、外務員は客の代理とみなすという商慣習が東京の証券業者間には存在し、本件の場合当事者はいずれもこの商慣習による意思があつたものであるから、控訴人は右三村のした行為につきその責に任じなければならない。

(五) 仮りに以上の主張が理由がなく、訴外三村芳夫が控訴人の代理人としてした本件株式の買付が同人の無権代理行為であるとしても、控訴人は昭和二十八年二月二十七日被控訴人に対しこれを追認した。甲第二号証の作成はこれを証するものである。従つて控訴人は被控訴人の履行の催告に応じて本件新株式申込証拠金領収証の引取と代金の支払をなすべきであるのにこれが履行をしないので、被控訴人は契約を解除したものである。その結果被控訴人がこうむつた損害についてはこれを賠償すべき義務がある。

二、(一) 上場会社から新株の上場手続をとりその承認がない限りは、上場銘柄の新株式は場外で取引される。当時は未発行有価証券については発行日決済取引と場外取引の双方が行われていたものであるが、発行日決済取引によると正規の証拠金と高い往復の手数料が要るが、場外取引によれば仕切売買ができるし、手数料込み値段ということで実質的には安い手数料で売買できたので、発行日決済取引を利用する者はほとんどなかつた。未発行有価証券の場外取引が有効なことはもちろんだが、昭和二十八年三月二十七日付大蔵省理財局の警告にもとずき同年三月三十一日東京証券業協会で決議し同年四月一日から以後は未発行証券の場外取引を行わないことになつたにすぎない。仮りに本件株式が大蔵大臣に対する届出効力発生前のものとしてもそれは取締法規に違反しただけで私法上の効力には影響はなく、また本件売買は控訴人の側の注文(委託)にもとずいたものであるから問題にならず、場外取引の場合であるから証券取引法の適用はない。

(二) 控訴人主張の公正慣習規則は東京証券業協会の理事会が定めた協会に関する内部的な規則に過ぎなく、仮りにこれに違反した事実があつたとしても売買の効力にはなんら影響ない。客の注文に係る売買を仕切の形式にしたのは手数料込の値段で売買の処理をしたに止まり、その効力には関係ない。

三、過失相殺の主張に対して。

株価は後日になつてあの時が高値であつた、底値であつたということができるにすぎないものである。控訴人は甲第二号証を被控訴人に差し入れその引取の延期を求めた。それで被控訴人はしばらく待つた後昭和二十八年四月十一日付内容証明郵便で催告の上控訴人が履行しなかつたので遅滞なく同月二十日本件株式を処分したものである。控訴人主張の決済日はいずれも発行日決済取引の場合のことで、場外取引の本件には関係ない。従つて被控訴人になんらの過失はなく、その主張は失当である。

(控訴代理人の主張)

一、(一) 控訴人が自ら「三村芳夫」という名義で被控訴人と本件取引をしたものでないことは従来主張のとおりである。

(二) 控訴人が訴外三村芳夫に対し控訴人を代理して三村名義で被控訴人と株式等の取引をする一切の代理権を与えたとの事実は否認する。控訴人が三村を通じて被控訴人と被控訴人主張のような若干の株式取引をしたことがあるとしても、これらはいずれもおうむね現金の授受と同時に株券の引渡をする実株取引でなんらの危険をともなわないものであるに反し、本件のようないわゆるヘタ株の売買は価格の騰落を伴う危険な取引であり、かかる取引の代理権を一括して他人に与えるわけがない。

(三) 控訴人は訴外三村芳夫を自己の代理人として同人に被控訴人との株式等取引の権限を与えたことはかつてない。もともと三村は被控訴人の使用人である有価証券外務員であり、かような相手方の使用人に控訴人が代理権を授与するはずがない。証券業者の客が外務員に株式の買付を申込むことはすなわちその外務員所属の証券業者に対する株式の買付の申込となるのであつて、そこに代理権を云々する余地はない。仮りに三村が外務員そのものでなく、いわゆる外務員見習であつてもその理は同様である。被控訴人においてもし三村がその名義をもつてする取引を控訴人の代理人としてその権限にもとずきするものと信じたとすれば、それはもつぱら被控訴人の過失にもとずくものである。公正慣習規則第一号(未発行の有価証券の売買その他の取引に関する規則)第十二条には、未発行有価証券の場合はその委託が当該協会員の勧誘にもとずくものでない旨を記載しかつ当該顧客の氏名及び住所を明らかにした書面を徴しなければならない旨が規定されている。もし被控訴人がこれらの規則をまもつていたならば本件のような問題は起らないはずである。被控訴人が自己の使用人である三村の注文を受付けながら、しかも控訴人の注文であると信ずるなどそれ自体被控訴人の失態であり、甲第四十九号証の偽造問題まで起したものである。もともと本件の請求については被控訴人は原審で、本件取引は控訴人自身が三村名義でしたもので、代理などではないと釈明しながら当審にいたつて代理権授与とか表見代理とか主張するのは失当であるのみならず、そのようなことが問題となる場合ではないのである。

(四) 被控訴人主張の商慣習の存在は否認する。外務員の地位は前記のとおりであつて、かような地位にある店の使用人を客の代理人とみなすというような不合理な商慣習があるはずなく、もしあつたとしても控訴人はそのような商慣習による意思などなかつたものである。

(五) 追認の事実は否認する。甲第二号証作成の事情は従来主張のとおりであり、被控訴人の使用人三村芳夫が自ら自己のため本件取引をしながら控訴人名義の承諾証(甲第四十九号証)を偽造して被控訴人に差し入れていたため、当時その情を知らない被控訴人の店員木村文夫、小路三郎らが控訴人に対し買付新株(申込証拠金領収証)の引取を求めたので、控訴人ははじめて事の次第を知つたが、同人らから三村の刑事責任問題と店の信用問題に関するから一筆株の買付を認める旨の書面を書くよう懇願され、従来とくに親しかつた小路らの頼みであつたため、株の引取の責任は負わないことその他将来控訴人にはめいわくをかけないことを条件として、控訴人は甲第二号証をしたためて同人らに交付したものである。しかるに被控訴人は約旨に反してこれを証拠として控訴人に請求するにいたつたものであり、その不当なること明らかである。仮りに右甲第二号証によつて追認の事実を認め得るとしても、これは当時三村の買付けた安田火災新株式三万株、日産火災新株式千株合計三万一千株中の一万一千株についてであつて、いついくらで買受けたものを追認したかは文言上全く不明であり、これによつて本件差額請求をするのは失当である。

二、(一) 本件取引は場外の店頭取引であるから無効である。上場銘柄の新株であるからといつてその新株の上場前に店頭取引をすることはできない。いわゆるヘタ株について場外取引が許されるとすれば上場株につき証券取引法の認めない取引を認めることとなり、長期清算取引の機能を営むこと、過当投機に陥るものであること、先物取引であること等の諸点と相まつて証券取引法の趣旨を没却するものである。

(二) 本件は仕切売買であるから無効である。昭和二十六年九月五日施行の未発行の有価証券の売買その他の取引に関する規則第十一条によれば「協会員は証券取引法第四条第一項の規定による届出がその効力を生じていない未発行の有価証券については自己が相手方となつて売買を行つてはならない」と規定している。被控訴人提出の証拠によれば被控訴人は昭和二十七年十二月六日安田火災新株五千株を金宏証券株式会社から買受けていること明らかなところ、被控訴人が控訴人と取引したと主張する日は同月九日十日であるから、右規則の禁止する仕切売買であることは明らかである。また他の証拠によれば被控訴人は証券取引法が証券業者に関する省令(昭和二十八年十二月一日大蔵省令第九十六号)にもとずく正規の有価証券売買日記帳も作成していないことがうかがわれ、このことも本件が仕切売買であつて、なんら控訴人の委託にもとずくものでないことを示すものである。

三、過失相殺の主張。

本件日産火災海上株式のうち有償株の決済日は昭和二十八年一月二十四日であり、無償株の決済日は同年二月十二日である。また安田火災海上株式のうち有償株の決済日は昭和二十八年二月六日であり、無償株の決済日は同月二十六日である。しかるに被控訴人が控訴人に本件株の引取を求めたのは同年二月二十日及び同月二十七日の二回であり、その後同年四月十一日付で内容証明郵便による請求があるまで何の話もなかつたのであり、被控訴人が本件株式を処分した同年四月二十日ごろは同年度を通じてもつとも証券業界の不振の時で株式相場はもつとも底値であつた。従つてもし真実控訴人が本件株式を買い受けているものであれば、被控訴人は当然前記本件株式の各決済日までに控訴人にその引取を請求するか決済すべきものである。しかるに被控訴人はいたずらに時日をのばしその売却の時期をあやまつたものというべきである。この点において被控訴人にも過失あるものというべく、過失相殺を主張する。

<立証省略>

理由

被控訴人が登録された証券業者であることは当事者間に争がない。

原審及び当審における証人木村文夫の証言により真正に成立したものと認めるべき甲第一号証の一ないし四、同第十六ないし第十八号証の各一、二、同第十九号証の一ないし四の各記載に、原審及び当審における証人三村芳夫、同木村芳夫、同小路三郎の各証言に本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、被控訴人はその使用人でいわゆる外務員見習であつた訴外三村芳夫を通じ「三村芳夫」なる名義による注文を受けこれにもとずき昭和二十七年十二月八日日産火災海上保険株式会社新株式千株を代金一株金五百七十三円合計五十七万三千円、同月九日安田火災海上保険株式会社新株式千株を代金一株金七百八十四円合計七十八万四千円、同月十日同株式四千株を代金一株金七百九十四円合計三百十七万六千円、同日同株式五千株を代金一株金七百八十四円合計三百九十二万円(以上合計一万一千株、代金八百四十五万三千円)で売り渡す旨の売買契約を成立せしめたこと、右代金は将来右新株式の引受申込期日が到来し新株式の申込証拠金領収証が発行されたとき被控訴人においてこれを取得してこれを注文主たる買主に引き渡すと同時に支払をする旨の約束であつたこと、被控訴人は右売買当時将来発行されるべき右銘柄、数量の新株式申込証拠金領収証の引渡を受くべき権利を他から買い受けたこと、日産火災は同年十月二十五日授権による新株発行に関する取締役会の決議にもとずき新株式の引受申込期日昭和二十八年一月六日から同月二十日まで、払込期日同年二月一日と定め、安田火災は昭和二十七年十一月四日同様取締役会の決議により新株式の引受申込期日昭和二十八年一月二十日から同年二月二日まで、払込期日同年二月十二日と定めたので、(この事実は当事者間に争ない)被控訴人はそのころ右各新株式申込証拠金領収証(その証拠金は払込期日到来のさい株金の払込に充当される)を取得しその引渡をなし得べき状態にたちいたつたことを認めることができる。右認定に反する証拠はない。

よつて右被控訴人のした売買の相手方がなんびとであるかについて検討する。

被控訴人はまず、右取引は控訴人が自ら「三村芳夫」という名義をもつて直接被控訴人としたものであると主張する。しかしこの点に関する甲第四十九号証は後記のとおり控訴人の作成したものでなく、三村芳夫の偽造にかかるものであり、甲第二号証の作成事情もまた後記のとおりであるから、いずれも右事実を証する資料とはしがたい。原審における証人三村芳夫、原審及び当審における証人木村文夫、同小路三郎の各証言は当審における証人三村芳夫の証言及び原審及び当審における控訴人本人尋問の結果と対比して直ちに信用できず、その他にこれを認めるべき直接の証拠はない。

かえつて当審における証人木村文夫の証言により成立を認めるべき甲第六ないし第十三号証の各一、二、同第十四号証、同第三十号証の一ないし三、同第三十一号証の一ないし五、同第三十二号証の一、二、同第三十九号証の一、二、同第一号証の五に当審における証人三村芳夫の証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果に前認定の事実及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、三村芳夫は昭和二十七年九月ごろ被控訴人方に雇われその使用人となり、被控訴人の外務員見習としてその事務に従事するうち、そのころその職務上控訴人を顧客として知るにいたつたところ、控訴人は同年十月から十一月にかけて右三村を通じて被控訴人との間で日機貿その他二、三銘柄の株式売買取引をしたが、これらの取引において控訴人は自ら自己の名をあらわすことをさけ「三村芳夫」名義をもつて処理するよう望んだので、三村においても控訴人の注文にかかるものを自己の名義である「三村芳夫」なる表示で店に受け入れ、所定の手続によつて取引を成立せしめており、被控訴人においてもその状況は承知し、三村名義であつてもその注文主が控訴人であることはおうむねこれを知りながらそのまま三村名義をもつてすべてを処理していた。しかるに三村は昭和二十七年十一月二十二日安田火災新株一万株(代金一株六百八十六円五十銭合計六百八十六万五千円)、同年十二月八日同新株二千五百株(代金一株七百七十六円合計百九十四万円)同七千五百株(代金一株七百七十三円合計五百七十九万七千五百円)を、次いで前記の本件一万一千株を、あたかもその旨控訴人の注文を受けたものかの如く装つて自己のため自己の名義で、被控訴人に通じ、その取引を成立せしめたものであることを認めるに足りる。

被控訴人はこれについて、控訴人は三村に控訴人の代理人として控訴人のため三村名義で被控訴人と取引する権限を与えたもので、三村はその権限にもとずき本件取引をしたものであると主張するが(当審被控訴人の主張一(二))、右認定の事実関係からすれば少くとも本件を含む新株三万一千株の取引については、三村は全く控訴人の意思にかかわりなくしたものであり、なんら控訴人を代理する関係はなかつたものであることは明らかであるから、右三村の行為がもともと代理人としてした行為といい得るかどうかに関係なく、被控訴人のこの主張は失当である。

次に被控訴人の表見代理の主張(当審被控訴人の主張一(三))について検討する。被控訴人は、従来控訴人は三村芳夫を通じて三村名義で被控訴人との間に多くの株式売買取引をしたから、これは控訴人において三村に被控訴人との株式売買取引の代理権を与えた旨を表示したものであるか、三村が与えられた代理権の範囲を超えてした取引であるかのいずれかであると主張する。証券取引法第五十六条によれば、証券業者の外務員(有価証券外務員)とは証券業者が自己の営業所以外の場所において有価証券の募集もしくは売買又は有価証券市場(取引所)における売買取引の委託の勧誘に従事させる使用人であるから、これらの事項については外務員は当然証券業者を代理してこれを処理する権限を有するものといわなければならない(商法第四十三条)。もつともこのうち取引所においてする売買取引の委託については、外務員は勧誘をするものとされているだけであるから、客がその委託をするに外務員を通じてした場合は、証券取引所の会員は営業所又は代理店以外の場所を市場における売買取引の受託の取扱をする場所とし得ない(証券取引法第百二十八条)ことと相まつて、いつたい外務員は委託者の代理人となるのか、証券業者の代理人であるのかは必ずしも明らかではなく、各場合について具体的に決定するほかはない。三村は外務員そのものでなく、いわゆる外務員見習であること前記のとおりであるが、なお被控訴人の使用人であり、将来正規の有価証券外務員たるべく予定されそれと同一の事務に従事していたものと解されるから、この点については証券取引法第五十六条にいう正規の外務員に準じて考えてさしつかえない。三村が被控訴人の使用人たる外務員見習となつた後控訴人を職務上顧客として知つたものであること前認定のとおりであり、三村が被控訴人方に雇われる前から自己固有の客として控訴人を知つていたというような事情は認められず、また三村が店の外務員(見習)として以上にとくに個人的に控訴人と懇意であつたという事情もあらわれてはいない。このような事情のもとでは他にとくだんの事情のない限り、控訴人は従来三村を被控訴人側の人間としてこれに対して日機貿等株式売買取引の委託をしたものであり、三村がこれら注文を被控訴人方店の所管係員に伝達して所要の手続を運んだのは、もつぱら被控訴人の内部の事務処理にすぎず、三村は被控訴人の代理人として控訴人の注文を受けたもので、決して控訴人の代理人として自分の店である被控訴人と契約の対立当事者となつたものではないと認めるのを相当とする。従つて従来控訴人が三村を通じ三村名義をもつて取引したことをもつて、控訴人が一般的に三村に被控訴人との株式取引の代理権を与えた旨表示したとみるのは相当でなく、またこの事実を基礎として本件は三村が与えられた代理権の範囲を超えてしたものとすることもできない。いずれにしても本件について表見代理の適用を主張する被控訴人の所論は失当である。

次に被控訴人は本件のような場合外務員を客の代理とみなすという商慣習が東京の証券業者間にあると主張するけれども(当審被控訴人の主張一(四))、かかる商慣習の存する事実はこれを認めるべき証拠がない。

最後に被控訴人は、控訴人は三村のした本件新株一万一千株の売買を昭和二十八年二月二十七日追認したと主張する(当審被控訴人の主張一(五))。三村のした本件取引は三村自身があたかも控訴人からの注文を受け入れたものの如く装つて自らのために自己の名義をもつて被控訴人に通じて取引を成立せしめたことは前認定のとおりである。従つてその関係は、控訴人の代理人(代理権のない)としてしたものと解し難いこと前同様であり、とくに本件取引は後に説明するように取引所においてする売買取引の委託ではなく、場外の店頭取引であるから、外務員は証券業者の代理人とされるべきこと前記説明のとおりである。従つて無権代理の追認の問題はあり得ないものというべきである。しかし被控訴人のこの主張の趣旨は、要するに、本件取引が法律上当然に控訴人に対し、その効力が及ぶものでないとしても、控訴人は昭和二十八年二月二十七日被控訴人に対し本件取引の結果を認め、自らの行為としてこれを引受けたのだということを主張するにあることその弁論の全趣旨から明らかであるから、この意味においてこの主張について審究する。成立に争ない甲第二号証に原審及び当審における証人木村文夫、同小路三郎、同三村芳夫の各証言及び控訴人本人尋問の結果(以上いずれも後記信用しない部分を除く)、当審における証人川瀬きぬの証言、前認定の事実及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、次の事実を認めることができる。すなわち被控訴人の外務員見習三村芳夫は前記のとおりあたかも控訴人から注文があつてそれを三村の名義で処理するかの如くよそおい、実は自己のため自己の名義をもつて被控訴人に注文を通じ、その結果安田火災新株合計三万株、日産火災新株千株の売買を成立せしめたところ、そのころ被控訴人はその買付(注文者の買)報告書を三村名義で発行して三村に交付したが、もとより三村はこれを控訴人に交付せず、またこれら取引には証拠金の差入もなかつた(被控訴人はこれらの注文が控訴人のものと信じ、当時控訴人の資力については被控訴人は信用していたし、他の取引の清算関係もあつたため、証拠金をとらなかつたものである)ところから、昭和二十七年末にいたり被控訴人は三村に、注文者としての控訴人の買付承諾書をもらつてくるように命じたので、三村は処置にこまつて、そのころ勝手に控訴人の名義を冒用して、控訴人が三村名義で安田火災新株三万、日産火災新株千の買付をしたに相違ない旨記載した承諾書(甲第四十九号証)一通を作成して被控訴人に差し入れて一時をとりつくろつたが、その後これら新株の引受申込及び払込期日が来て、右売買の受渡時期が到来したので、事情を知らない被控訴人は三村に対して控訴人に株式取引方を求めるよう命じたけれども、そのころは本件新株の価格は売買の当時よりはるかに下落し買主側の多大の損失に帰することとなつたので、三村は自ら代金を支払つて株式(申込証拠金領収書)を引き取ることができず、もとよりこれを控訴人に告げて控訴人に引取を求めることもできないまま一時行方をくらました、一方被控訴人はあくまで三万一千株の新株は控訴人の注文によるものとして、昭和二十八年二月二十日ごろ被控訴会社外務部長で控訴人と懇意であつた小路三郎、及び場外の売買課長木村文夫の両名を控訴人方につかわして交渉させたが、控訴人は取引の事実を否定してこれに応ぜず、その後三村の所在も判明したので同人を伴い右小路、木村の両人は同月二十七日再度控訴人方を訪い、交渉の末、結局控訴人は自分の名刺に「御三人来訪恐縮に存じます安田火災10,000日産火災1,000買付了承せるも時期甚だ敷困難の際に付受渡ノ期日も暫くの間延引方宜敷願上ます川瀬留吉(この部分は名刺の印刷を利用して)本人昭和二十八年二月二十七日夜十二時合同証券殿」と記載して、これ(甲第二号証)を右両人らを通じて被控訴人に交付し、控訴人は三村のした売買安田火災新株三万株のうち一万株、日産火災新株千株のみについては控訴人においてこれを自己の買付として承認してこれを引き受けた上その受渡につきしばらくの猶予を求めたものであることを認めることができる。もつとも右甲第二号証の趣旨について、原審における証人三村芳夫、原審及び当審における証人木村文夫同小路三郎らはいずれも、少くとも本件の安田火災一万株日産火災千株の取引だけは真実控訴人の注文にかかるものであつて、その故に控訴人としてもこれを確認したに過ぎないと供述し、原審及び当審における控訴人本人は反対に、本件取引は全く控訴人の関知しないところであるが、かくては三村自身には刑事責任を生じ、被控訴人の店については信用問題ともなるので、小路らの懇請を容れて形式上右取引を承認したかの如く作為したまでであり、もとより債務負担の意思も受渡の意思もなく、この取引の決済は被控訴人の内部において然るべく解決して控訴人にはめいわくをかけない趣旨のものであつたと供述し、いずれも前認定の趣旨と異なつている。しかし前者小路、木村らの証言は、もし真実本件の一万一千株のみは控訴人の注文にもとずくものとすれば、三村が甲第四十九号証をもつて三万一千株全部について控訴人の承諾者を偽造したことは不可解というべく、結局本件取引が本来控訴人自身の注文にもとずくものでなかつたこと前認のとおりである本件においては事実の真実の意味に合致したものとはいいがたい。後者控訴人本人尋問の結果は、もしそのいうようにこれが形式的のものにすぎないとすれば、安田火災は三万株であるから甲第二号証は三万株全部についてこれを認める趣旨のものでよいはずであり、またそれが通常であろうと考えられるのに、あえてそのうちの一万株についてだけ責任を負う趣旨を表明したこと、またたんに形式的のもので法律上の義務を負わないものとすれば、これと引きかえにその趣旨の念書とか返り証とかをとるのが世間の例であるのになんらそのことがなかつたこと、また後記のとおりその後被控訴人から内容証明郵便による催告があつても控訴人において被控訴人に対し抗議らしい抗議もしていないことを考え合わせると、これまたこの点については信用し難いものといわなければならない。結局右甲第二号証の文言及びその前後の事情からして、前認定のように解するのがもつともよく本件の事実関係に合致するものというべく、この意味で当審における証人三村芳夫の証言中のこの部分に関するもの及び原審における被告本人尋問中の一部が事実の真相を語つているものと解すべきである。そうすると、当時すでに株価は相当下落しみすみす損失に帰する本件取引の結果を、控訴人はなんら義務なくして引き受けたわけであつて、いちおう奇異の感あるを免れないのが、日本経済新聞であることそれ自体明らかな甲第二十三号証に前記証人小路、木村の各証言をあわせれば、そのころ控訴人は渋沢倉庫の株式買占に巨額の資金を動かしており、その勝敗のいかんによつては本件取引など物の数ではないと解せられる可能性もあつたことがうかがわれるところであるから、控訴人が小路や木村又は三村の頼みをきき、三村の刑事責任や被控訴人自身の信用問題等を解消せしめるため、あえて本件取引の結果を承認してこれを引き受けるということは、十分首肯し得るところといわなければならない。もつとも控訴人の引受けたのは三村のした安田火災三万株中の一万株及び日産火災一千株であるから、安田火災の一万株はどの一万株についてかその当時特定していないというべきであるが(この当時本件取引にかかる分とする意思表示があつたことは証拠上認められない)、その後被控訴人は控訴人に対しその引き受けたのは本件取引にかかる分であるとしてその履行を求めたことは当事者間に争なく、これに対し控訴人がなんの異議も主張しなかつたことからすれば、右安田火災の一万株は本件の分とすることに、被控訴人の選択によつて特定したか、又は当事者間の暗黙の合意によつて特定したものというべきである。しからば結局控訴人は被控訴人に対し本件新株一万一千株についてその代金額を支払つてその目的物(実際には株式申込証拠金領収証)を引き取らなければならない法律関係に立つものであることは明らかである。

よつて控訴人の抗弁について判断する。

控訴人はまず本件取引は新株の引受申込期日がまだ到来しない間になされたものであり、このような存在しない株式の売買は証券業者及び顧客の双方を過当投機の危険におとしいれ、かつ株式市場を攪乱するものであるから民法第九十条により無効であると主張する(原判決事実らん被告の抗弁(一))。一般に現存特定しない権利でも将来現存特定するにいたるべきものである限り売買の対象とし得ることは明らかであり、株券発行前の株式の売買もこの種のものとして理解すべく、商法はかかる株式の譲渡は会社に対し効力を生じないものとしているに止まり(商法第二百四条、第百九十条)、当事者間におけるその売買の効力については直接規定せず、またこれを禁止する法律上の規定はないのみでなく、証券取引法はかかるものの売買を原則として認めているのである(証券取引法第二条第一項第六号)。ただこのような売買の目的物は将来の権利にかかるものであるが故に、一般の現存する株式の売買に比し、株価を形成する具体的な資料に乏しくして、当事者は概して将来の予想にもとずいてこれを評価するのほかない場合もあり、その間いきおい投機的要素の加わることを否定し得ず、証券取引法はできるだけその弊害をさけるよう措置を講じてはいるが、結局は投資者の自由な判断と、需要供給の関係とによつておのずから調節されることを期待すれば足り、とくにこの種の取引を公序良俗に反する事項を目的とするものとして無効とするには当らず、またこれをもつてそれだけで、なんらか特別の人為的操作のあるなしにかかわらず当然に株式市場を攪乱するものと解すべき理由はないのである。

次に控訴人は本件のような先物取引の性質を有する株式の売買は、現物売買取引をたてまえとする証券取引法の精神に反するもので無効であると主張する(原判決事実らん被告の抗弁(二))。証券取引法は有価証券市場(取引所)においてする有価証券の売買取引につき現在長期清算取引を認めず、有価証券の空売を禁止しているが(同法第百三十三条)、まだ上場されていない新株でかつ店頭で取引されるものについてはその適用はないものであるから、本件のような売買が同法の精神に反し無効であるとするのはあたらない。

さらに控訴人は本件取引は場外取引であり取引所に上場しないでなされたものであるから無効であると主張する(原判決事実らん被告の抗弁(三)、当審控訴人の主張二(一))。本件取引にかかる未発行の新株式は当時なお上場されていなかつたことは本件口頭弁論の全趣旨から明らかであり、かかるものの場外取引それ自体を違法無効とすべき事由はない。

また控訴人は本件は仕切売買であるから無効であると主張する(原判決事実らん被告の抗弁(三)、当審控訴人の主張二(二))。本件において被控訴人が本件取引にかかる新株式を他から買付けたことの証拠として提出する前記甲第十九号証の一ないし四によれば、被控訴人は昭和二十七年十二月六日から同月十日までの間に安田火災一万株を他から買受けているが、本件売買の成立した日は同年十二月九日、十日の両日であるから、少くとも十二月六日に被控訴人が他から買付けた五千株については、顧客の注文があつた後に買付けたものとみるのは無理で、あらかじめ自己の計算において買付けておき、後に顧客の注文によりこれを転売したもので、いわゆる仕切売買に属するものと認めるのを相当とする。しかし証券取引法は上場株について会員が有価証券市場における売買取引の委託を受けた場合においてのみ市場で売買をせず自己がその相手方となることを禁止しているのであり(同法第百二十九条)、それ以外には自ら相手方となることを禁止するものではない(同法第四十六条、なお商法第五百五十五条参照)。「未発行の有価証券の売買その他の取引に関する規則」に控訴人所論のような規定が存するとしても、この規則の性格上これをもつて仕切売買を無効たらしめる根拠とするには足りない。所論は失当である。

なお控訴人は本件は大蔵大臣に対する届出の効力発生前の取引であつて、証券取引法第十五条第一項に違反すると主張する(原判決事実らん被告の抗弁(三))。前記甲第十七号証の一、二の記載によれば本件安田火災新株式につき証券取引法第四条第一項の大蔵大臣に対する届出の効力が発生した日は昭和二十七年十二月十二日であることが明らかであるから、本件のうち安田火災に関する分は同法第十五条第一項に違反するもののようである。しかし同条項は取締法規であつて、その違反は私法上の効力をも否定すべき性質のものとは解せられないのみでなく、本件取引はその事実の実体はともかく、その成り立ちはいちおう証券業者が顧客の委託にもとずいてした場合にあたるものと解すべきであるから同条第三項第四号本文により同条第一項の適用が除外されるものというべきである。従つて控訴人のこの主張も失当である。

しかして被控訴人が昭和二十七年四月十一日控訴人に対し内容証明郵便をもつてその到達の後五日以内に前記代金を支払つてその目的物たる株式申込証拠金領収書を受け取るべく、もしその支払を怠るときは本件売買契約を解除する旨の催告並に条件付契約解除の意思表示を発し、右書面が翌十二日控訴人に到達したことは控訴人の認めるところであつて、控訴人がその支払をしたことはその主張立証しないところであるから、右売買契約は同年四月十七日の経過とともに解除されたものといわなければならない。

また原審及び当審証人木村文夫の証言により成立を認めるべき甲第二十一号証の一、二、同第二十二号証の各記載に右証言をあわせれば、被控訴人は同年四月二十日日産火災の新株式千株をその時価である一株金二百二十円合計二十二万円で売却し、売買手数料四千円を控除した残額二十一万六千円を取得し、安田火災の新株式一万株をその時価である一株三百三十円合計三百三十万円で売却し、売買手数料五万円を控除した残額三百二十五万円を取得し、その合計が金三百四十六万六千円となることを認めることができる。

被控訴人は前記売買代金額八百四十五万三千円から右売得金を控除した差額四百九十八万七千円は控訴人の債務不履行によつてこうむつた損害であると主張するところ、本件売買代金額と被控訴人の取得価額との差額は被控訴人の得べかりし利益であり、被控訴人の取得価額と前記売得金との差額は被控訴人の現実にこうむつた損害であり、結局右四百九十八万七千円は控訴人の債務不履行により被控訴人のこうむつた損害というべきである。

控訴人は過失相殺を主張する。

控訴人は自ら関知しないものであるにかかわらず被控訴人の懇請を容れて本件取引の結果を引き受けたものであることは前記のとおりであり、自ら義務なくして債務を負担したものというべきでその事情は諒とするに足りる。しかしいつたん自ら債務を負担した以上その履行をすべきものであることまた一般の場合と異なるものではない。被控訴人が本件株式を処分した昭和二十八年四月二十日がこの株式価額の最低の時であつたかどうかは必ずしも明らかでないが、売買当時からこの処分の時まで株価が漸落をつづけたことは推認し得るところである。従つて被控訴人が控訴人の本件引受を得た当時直ちに履行を催告し、その不履行によつて直ちに契約を解除して株式を処分すれば、被控訴人の損害はなお少額に止まり得たということを得るであろう。しかし控訴人は甲第二号証により本件取引を引き受けると同時にその履行の延期を被控訴人に申し入れた。被控訴人が直ちに催告・解除・処分の手続に出なかつたのは、控訴人の右申入に従つたものと解すべきであり、すでに控訴人が義務なくして債務を負担したものである本件において、しばらくその履行を待つのはむしろ債権者として道義的に当然のことで、これを責められるべきいわれはない。従つて本件において右処分のおくれたことをもつて被控訴人に過失があるとする控訴人の主張は採用しがたい。

しからば控訴人は被控訴人に対し損害賠償として右金員及びこれに対する被控訴人の請求の後であること当事者間に争ない昭和二十八年四月二十七日から支払ずみまで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払義務あることは明らかで、これを求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものである。

よつてこれと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴は理由のないものとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

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